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十日町市(新潟県)

雪がつくった
夏のしあわせ。

2017/08/07

新幹線を使えば東京から2時間足らずで行ける新潟県十日町市は雪の国。冬にはひと晩で1メートル以上の雪が積もり、まちのすべてを白銀の世界へと変えていきます。今や全国各地で開催される「雪まつり」も、実はここで最初に生まれました。では、十日町市を旅するなら冬? いいえ、そんなことはありません。夏には夏の楽しみがたくさん、しかもそのどれもが雪の恵みから生まれたものばかり。田園風景を眺めながら、のんびりローカル線で十日町駅まで。さあて、雪がつくった夏のしあわせを巡る旅に出発です。

やわらかな水が生む、繊細な風合い。
冬にたっぷりと降った雪は雪解け水となって苗場山をはじめとする、十日町市を囲む山々の地中へとしみ込んでいきます。そしてじっくりと月日をかけて「超軟水」の湧き水に。滑らかな自然水は着物の染色に古くから利用されてきました。訪れたのは『きものの青柳』さん。「うちは桶染めから友禅まで、あらゆる染め技術を提供しているのが特徴です。中でも絞り染は最近では随分貴重になりましたね」と専務の青柳蔵人さんは語ります。
絞り染とは糸で括ったり、縫い締めたり、板で挟んだりした生地を染めることで、染め残しが独特の表情を作り出す技法のこと。この日工房を覗かせていただくと、幸運にもその作業中でした。モクモクと湯気が立ち上る染料のプールへ、生地をセットした木桶をドボン。職人が慣れた手つきで満遍なく染め上げていきます。それにしてもこの工房、とにかく暑い。染料の温度はなんと90度近くもあるそうで、それがあちらこちらグツグツと湯気を立ています。職人たちは水で満たしたゴム手袋をしているものの、ためらいもなく熱く煮えた染料の中に手を入れていきます。試しに挑戦させていただきましたが、1分も浸していられません。
「熱いでしょう。うちらだって我慢してるもん。この苦労を分かってもらえたら、取材を受けた甲斐がありましたよ(笑)」。そう言って取り出した生地を広げると、輪郭がほのかに滲んだお花の模様。この優しい風合いに魅せられて、絞り染を希望されるお客様が後を絶たないと言います。
織物とへぎそばの意外な関係とは?
また、染色技術よりも古くから十日町で伝わるのが織物。糸を撚る、生地を織るといった集中力を問われる作業に、雪で包まれるこの地方の環境がぴったりだったと言われています。中でも有名なのが明石ちぢみですが、これらを作るのに使われていたのが「そば」と「布海苔(ふのり)」。そう、十日町を代表するグルメ、「へぎそば」の材料です。
「そばの茎を燃やして作ったアク汁は糸を漂白するため、布海苔は糸に張りと滑らかさを持たせるための糊付けとして使われていました」と教えてくれたのはへぎそばの名店『小嶋屋総本店』の小林則広さん。「うちの初代・重太郎がいつでも手に入る布海苔に注目し、それをつなぎに独自のそばを打ったのが、へぎそばのはじまりなんですよ」と胸を張ります。「ところでへぎそばの形、何かを元にして盛り付けているんですがわかりますか?」と逆質問が。ひと口分ずつに束にして、波打つように盛られたへぎそば。上から、横から眺めてみますが、答えは一体……?「絹糸の束をイメージしています。盛られている箱は蚕を育てていた『へぎ』が原型。美しい織物を仕上げるための手間暇に感銘を受けたんでしょうね。その一つひとつをそばで表現しようとしたんだと思います」
へぎそばの食べ方は独特です。からしをちょんとそばの上に置き、ひと束すくってつゆの中へたっぷりと沈ませます。味が濃くなりすぎるのでは?と心配するなかれ。つゆは思いの外あっさり、布海苔もちょうどいいコーティング代わりになって、辛いどころかどんどんいける。食欲が落ちがちな夏になんとぴったりな食べ物なのでしょう。「いろいろな人を連れてきますが、みなさん、一人前じゃ足らないですね」とアテンドをしていただいた十日町市役所の桒原さんは笑いました。
旅の最後は田舎の宿で、絶品郷土料理。
映画・図書館戦争の撮影舞台にもなった『十日町情報館』、これぞ日本の原風景とも感じさせる『星峠の棚田』などへの寄り道を経て、たどり着いたのは本日の終着地『いろりと蛍の宿 せとぐち』。日が暮れて空が青紫に染まる中、ご主人と奥さまが元気いっぱいに出迎えてくれました。
この日の夕食は十日町の郷土料理。襖を開けた途端、囲炉裏をぐるりと囲んだ盛大な料理が目に飛び込んできて、思わず子どものように声をあげてしまいました。いただきます!とともに、ご主人のミニ講義がはじまります。寒暖差が大きいおかげで米や山菜が美味しく育つこと、かつて囲炉裏周りの床下は貯蔵庫になっていて冬の間に凍ると困るものを収めていたこと、囲炉裏場の上に鮭や川魚を吊るしているのは、煙で虫を寄せ付けず、自然の燻製にして長期保存をするための知恵から生まれたこと、そして池で飼う鯉は冬場の貴重なタンパク源であったこと……。そんなエピソードの一つひとつをわかりやすく、時にユーモアたっぷりに話してくださいます。この日の主菜は近くの山で獲れた熊、猪、兎の焼肉に、鮎の塩焼きと鯉の味噌漬け。それを彩るようにたっぷりの山菜の煮物、具がゴロゴロ入ったお味噌汁、そして炊きあがったばかりの艶々のコシヒカリ!地元のお酒といただけば、ああなんて幸せな時間。
さて、ひと段落がついた頃に「ちょっと表に出てみない?」と奥さまに促されて、近くを流れる清津川へ。闇の中にじっと目をこらすと、ゲンジボタルがふわり、ふわり。やさしい光の軌跡が描く刹那のアートに、一日の終わりを祝福されているようでした。

翌朝は出発までの間に宿の周囲を散策をすることにしました。昨夜蛍が舞っていた清津川が思いの外小さな川であったことに驚きながら、なだらかな坂道を上へ。足元へ視線を落とせば、一生懸命に坂を登る可愛らしいカエルの姿が。しばらく歩調を合わせて応援してから、それじゃお先に、とさらに歩を進めました。山の上からまちを見下ろすと、清津川がつくりだした天然の造形美、河岸段丘の姿がよくわかります。
いま緑が美しいこのまちも、冬にはすべてが雪の白に塗り変わる。「このまちは、ぜんぶ雪からはじまっているんですよ」。昨夜のご主人の言葉を反芻しました。たくさんの文化も、山の幸も、川の恵みも、すべて雪からの贈り物。夏に旅して、こんなに雪の存在を感じる旅も他にはないかもしれません。
もと来た道を辿って、再び宿へ。荷物を整えて、ご主人に礼を言う。太陽は夏の輝きで、気温はぐんぐん上昇していました。奥さまが力水と言わんばかりに、よく冷えたペットボトルドリンクを持たせてくれました。車に乗り込み、再会を誓って、両手を振る。今度は、雪の季節に帰ってきます。

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