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鈴鹿市(三重県)

江戸の粋「小紋」を
支えた職人の街へ。

2017/10/23

鈴鹿市といえば、多くの人がまずモータースポーツを思い浮かべるのではないでしょうか。しかし、決してそれだけではありません。海と山に挟まれた風光明媚な土地で、歴史的な史跡も多く見られます。今回は、着物の柄や模様を染めるための伝統工芸品「伊勢型紙」を巡る旅に出かけました。鈴鹿にしか伝わっていない技術の、新しい展開をご紹介します。

粋で精緻な江戸小紋のルーツに出会う。
まずは、伊勢型紙の基本を知るために「鈴鹿市伝統産業会館」へ。道具や材料をはじめ、歴史史料や作品などが展示されています。案内してくださったのは、伊勢形紙協同組合の専務理事であり、この道40年の職人でもある小林満さんです。
「伊勢型紙の発祥については諸説ありますが、室町時代末期には存在していたという史料が見つかっています。とくに発展したのは江戸時代。白子・寺家地区が御三家のひとつである紀州藩の領地であったことから、伊勢型紙は大きな庇護を受けていました。全国すべての型紙をこの地域で生産していたのですが、行商のときの運賃は武家並みの格安価格だったそうです。伊勢型紙の職人は苗字・帯刀まで許されていたんですよ」。
伊勢型紙は大きな柄を染めることもできますが、とくに職人の技術が輝いたのは細かい柄を規則的に染める「小紋」。遠目では無地にしか見えない小さな点や縞の集合体は、とても人の手で彫られたとは信じられない精密さです。
もともと下絵は手で描かれていましたが、1950年代からは新しい技術である縮小コピーが活用されるようになり、それまで以上に細かい柄が登場したのだそう。どこまで細かい模様を彫りあげることができるのか、職人との間で技術の競い合いがあったといいます。

毎週日曜日には、職人さんの実演を見ることができます。にこやかで陽気な小林さんですが、ひとたび作業台に向かうと雰囲気が一変。真剣な面持ちで紙に刃を走らせ、髪の毛ほどしかない細さの縞を掘り抜いていきます。
「規則的な文様ほどごまかしがきかないから難しい。中断するとムラができてしまうので、仕上げるまでは食事にもトイレにも立たずに作業します」。

着物を着る人が減ったため、染色の道具としての伊勢型紙の需要は残念ながら減ってきています。しかし、伊勢型紙はそれ自体が切り絵のような美しさを持っているため、近年はアートやデザイン、インテリアの分野に展開しているのだそう。ギャラリースペースには額装された作品やモダンなランプシェードが並んでいました。

渋紙専門店がつくる、伊勢型紙の新アイテム。

伊勢型紙には、「渋紙(しぶがみ)」という専用の紙が用いられます。そこで、大正時代から続く渋紙の専門店「大杉型紙工業」を見学させてもらいました。
渋紙は、薄い和紙を3枚貼り合わせてつくられます。独特の深いブラウンは加工に使われる柿渋の色。紙同士を接着したり、繊維の目を埋めて染色の際に水を通さないようにするといった役割があります。ただ紙に柿渋を塗るだけでなく、天日干しやおがくずで燻煙する「室枯らし」といった工程を繰り返すため、完成するまでに50日ほどかかるのだとか。

この日は50年もこの仕事をしているという大ベテランの職人さんが、和紙を3枚重ねる「紙つけ」を行なっていました。稲わらのはけでリズミカルに柿渋を塗り、手早く紙を重ねていきます。流れるような作業ですが、角はきっちりと合っていてシワひとつできません。柿渋をムラなく塗れるのも、熟練の技なのだそうです。

「伊勢型紙の最盛期には、地紙をつくっている会社が30軒以上あったんです。でも、今はうちを入れて2軒だけ。需要は減っていますが、紙づくりを続けなければ伊勢型紙そのものが途絶えてしまいます」と語るのは、専務取締役の大杉敏昭さん。
「伊勢型紙は染め屋さんで使われる道具。本来は業者用のものなのですが、一般の方にも見ていただくために35年前からお店を始めました」。
それが、「伊勢型紙専門店 おおすぎ」です。店内にはポストカードやうちわ、ランプシェードなど、伊勢型紙でつくられた多彩な商品が並んでいました。なかでもしおりは、鈴鹿のおみやげとして人気なのだとか。
趣味で伊勢型紙をする人のために、道具や図案も販売されていました。難しそうですが、多彩な文様を見ていると挑戦したい気持ちがむらむらと湧いてきます。

新鮮かつエレガント。美しい文様を日常に取り入れる。

次に訪れたのは、「オコシ型紙商店」のショールーム。エントランスは伊勢型紙の文様を型抜きした白いパネルで飾られています。壁や地面に落ちたシルエットが美しく、これまで見てきた伊勢型紙とは違った魅力に出会えそうな予感がしました。
店内には、スマホケースや名刺入れ、グラスマーカーなどの商品がずらり。そのひとつひとつを文様が彩っています。代表取締役社長である起正明さんは、「コンセプトは、伊勢型紙の文様の美しさを現代の生活のなかに届けること。伊勢型紙は伝統的なものですが、その文様には新しさがあるんです。そのため、今必要とされているアイテムに文様を刻印しています」とお話してくれました。
オコシ型紙商店は大正時代の創業で、これまでに考案してきた文様はなんと1万点以上。そのなかから、アイテムに似合うものが選び出されています。伝統的なものから比較的新しく描き起こされたものまで使われているそうですが、いずれも洗練された文様ばかりでした。
「伊勢型紙は白と茶色の世界。そこに色という魔法をかけると、がらりと雰囲気が変わります。かわいらしくなったり、シックになったり、かっこいいものになったりするんですよ」。たしかに、カラフルに変身した文様には現代アートのような面白さがあります。部屋に飾るため、ポストカードをお土産に購入しました。

昔ながらの職人のように、古民家の窓辺で伊勢型紙に挑戦。

最後に訪れたのは、2017年5月にオープンしたばかりの「テラコヤ伊勢型紙」。古民家で伊勢型紙の制作を体験できる施設です。
大きな特徴は、泊まり込みでみっちり伊勢型紙の制作に打ち込めるコースがあること。とくに、4泊5日で基礎から学ぶ「弟子入りコース」が人気なのだそうです。この日も、このコースの体験者さんが3名いらっしゃいました。課題をこなすのがなかなか大変らしく、前日はみなさん夜遅くまで作業していたのだとか。伝統工芸を体験できる施設は全国にありますが、ここまで集中して本格的に取り組めるところは珍しいのではないでしょうか。旅の記念品を日帰りでつくりたいという人から、ものづくりの世界でプロを目指したい人まで、幅広い層を受け入れています。

伊勢型紙職人は高齢化が進んでいますが、「テラコヤ伊勢型紙」の主催者である木村淳史さんはまだ20代。以前は名古屋でアパレル関係の仕事をしていました。「伊勢型紙の職人さんが窓に向かって仕事をしている、昔ながらの白子の風景が好きでした。でも、それがどんどん減ってきている。それで、伊勢型紙の世界に入ることにしたんです」。
最初に考えたのは伊勢型紙で新しい商品やサービスをつくることでしたが、職人さんの立場を理解する必要性に気づき、自分も修行することにしたといいます。
「修行している間にも、どんどん職人さんがいなくなっていくんですよ。このままでは最初の目標である商品・サービスづくりができなくなりそうだったので、後継者を育成しようと考えました」。
そこで始めたのが、テラコヤ伊勢型紙。小刀や当て場(作業台)などの道具は引退した職人さんからの寄付ですべて揃え、「本物」に触れられる環境を整えています。初めて伊勢型紙に挑戦する人でも、この古民家の窓辺で作業している間は職人の思いに触れ、地元の風景の一部になれる。観光の枠を超えた、素敵な思い出になりそうです。

文:牟田悠 写真:市岡祐次郎

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