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鈴鹿市(三重県)

黒だけではない鈴鹿墨。
変わり続ける「伝統」のかたちに出会う。

2017/10/23

仏教とともに中国から伝えられたといわれる墨。1000年前に書かれたものでも、墨で書かれた文字はみずみずしい美しさを保っています。
鈴鹿では、古くから「鈴鹿墨」という上質な墨が作られてきました。数少ない現代の墨職人は、そのすばらしい伝統を絶やさないために、これまでの常識を覆すようなおもしろい挑戦を続けています。

伝統ある鈴鹿墨を、衣・食・住に展開。
1200年以上の歴史があるといわれる鈴鹿墨。気候や風土に恵まれていることから、古くから質が高いことでその名を知られていました。経済産業大臣指定の伝統的工芸品にも指定されています。
「ひとりの職人が一貫生産するというのが、鈴鹿墨の特徴。墨は国内だけでなく海外でもつくられていますが、すべての工程をひとりで行える職人は数人しかいないんです」とお話してくださったのは、伝統工芸士の墨職人・伊藤亀堂さんです。
墨の主原料は、油を燃やすことでできる煤(すす)。何の油からとれた煤をどのくらいの割合で使うかによって、色合いやにじみ方は大きく変わります。分業をしない鈴鹿墨だからこそ、この煤の配合を細かく変えることができるのだそう。
「作り手がひとりなら少量の生産が可能なので、お客様のニーズにきめ細かくお答えすることができます。最初に話し合って方向性を決めることもあれば、作品を拝見してこちらからご提案することも。人との出会いから新しいものが生まれてくるんです」。

伝統を守り伝える一方で、亀堂さんは墨=黒というイメージを覆すカラフルな色墨や、そこにラメを加えた墨など、革新的な商品を生み出して好評を博しています。
「単純な発想ですが、なぜ墨といえば黒にこだわらないといけないのかと思ったんですよね。黒だけだと書道家にしか使われませんが、色さえつければアーティストや染色家、建築家など、もっといろんな人に愛されるのではないかと。旧態依然としているのではなく、誰かと共同で新しいことに取り組んでいかないと、職人が絶滅してしまいますから」。
確かに、近年は鈴鹿墨の職人がみるみる減少しています。かつては50名ほどいたそうですが、今では「進誠堂」の伊藤亀堂さん・晴信さん親子だけ。こうした危機的な状況においては、多くの人に知ってもらう・使ってもらうということが重要になってきます。

書道に縁のない人にも墨を手にとってもらおうと、衣食住の分野にも応用しています。墨で染めた布で着物やTシャツを作ったり、地元のお菓子屋さんとコラボレーションして墨入りのクッキーや黒バラの工芸菓子を販売したりしているのだそう。住の分野では建築用の墨塗料も開発し、店内の壁もそれで塗られていました。木目に染み込む落ち着いた色合いには独特の風情があり、ほんのりと心落ち着く香りがします。
「書道の伝統文化にどっぷりと浸かっているだけでは、墨が生き残っていけるとは思えません。墨をつくる技術を生かして、衣食住すべてにどこまで深く入っていけるかを考えています」。

墨の色と、女性書道家との出会い。

進誠堂では、スタッフとして仕事をしながら書道家としても活動する万代香華さんにもお話を伺いました。
「結婚して鈴鹿に来るまで、鈴鹿墨の存在は知りませんでした。書道の専門学校に通っていたのですが、そこでは主に墨汁を使っていたんです」。学生時代は技術を高めたいという気持ちが強かったという万代さん。それが、鈴鹿墨に出会って変わったのだそうです。
「仕事のなかでいろいろな墨を磨るのですが、ものによって色合いも磨り心地もまったく違うんです。墨汁のときは真っ黒だけでしたが、淡い色を出したり、にじませたりするという表現があることを知りました。ただうまい字を書くというだけではない面白さを、ここで教えてもらったんです」。
今は、文字のイメージにあった色を探るのがとても楽しいのだそう。店内には万代さんの作品である「照」の文字がかけられており、その意味の通りに柔らかな輝きを放っていました。

旅のしめくくりには、鈴鹿産のかぶせ茶を。

進誠堂から車で移動する道中、窓の外には茶畑が続いていました。お茶の木は山の斜面に植えられることが多いようですが、鈴鹿市では平地に畑がつくられています。若々しい緑のカーペットがどこまでも広がる風景は、まさしく壮観でした。

茶畑を通り過ぎて到着したのは、お茶農家さんが営む日本茶カフェ「椿茶園」です。伊勢国一ノ宮に定められている椿大神社(つばきおおかみやしろ)の目と鼻の先にオープンしていました。
メニューは三重県の特産品であるかぶせ茶をはじめ、煎茶やほうじ茶などがそろっています。かぶせ茶の「結び」を注文すると、日本茶インストラクターの資格をもつ店主の市川晃さんがカウンターで入れてくれました。
「お湯の温度や蒸らす時間は、茶葉によって違うんです。『結び』の場合は、60℃のお湯で2分間蒸らします。煎茶を入れるのであればもう少し高い温度がいいですね」。ひとつずつ把握するのはいかにも難しそうですが、計量カップや砂時計を使いながらていねいに解説してもらえるので、日本茶に疎い私でもできそうな気がしてきます。
「お家でもぜひ試してみてください。昔はどの家でもお茶を入れていましたが、今は緑茶の味を知らない方が増えてきています。当たり前のことですが、ていねいに入れたお茶は美味しいということをここで知っていただければと思っています」。

そうして入れられた「結び」は、先ほど見てきた茶畑と同じ、さわやかなグリーンでした。口に含むと、驚くほど甘くてまろやか。渋みはほとんど感じません。お店の周りは木に囲まれているので、テラス席に座っていると空気がすがすがしく、お茶の味がさらに引き立つような気がします。鈴鹿の旅のしめくくりに、ほっこりと息をつくことができました。

文:牟田悠 写真:市岡祐次郎

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