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宍粟市(兵庫県)

黒毛和牛・ジビエ・日本酒
自然と食が豊かにとけあう

2019/01/01

兵庫県に「宍粟市」というまちがあります。読み方は「しそうし」。声に出してみると、サ行の連なりが爽やかな語感です。自然豊かな土地で育まれた食とお酒を求めて、このまちへドライブしてきました。

自然の恵みを、もっとも美味しく味わうために
西播磨地方にある宍粟市は、鳥取県と岡山県に隣接し、南北へひし形に伸びた地形。ここに38,100人(平成30年10月31日時点)が暮らしています。到着して辺りを見渡すと、四方八方が山に囲まれていました。驚いたのは、市の面積の9割以上が森林だということ。

そして、森林が豊かということは、それだけ野生動物が多いことを指します。旅のはじめに「人の数より、鹿の数が多い」と言われるこのまちで、“ジビエ猟師”として活動するご夫婦に会ってきました。

迎えてくださったのは、「猟師の店 でぃあーず」を営む安田太さんと優子さん。週末ハンターとして宍粟市に通っているうちに、いっそのこと住んでしまおうと決意、3年前に移住してきました。現在は、鹿の狩猟から食肉加工、販売を生業として行っています。

「鹿肉はヘルシーですよ。特に、ここの鹿は自然のものしか食べていないので。健康志向の方には、特におすすめですね」と優子さん。調理師免許を持つ太さんが、鹿肉料理をふるまってくださいました。

甘酒と焼肉のたれを混ぜて漬けたものと、低温調理でローストしたもの。「ローストビーフならぬ、ローストヴェニソン。料理をした鹿は英語で『ヴェニソン』と言うんです」と料理好きの太さんが説明してくれました。

甘酒で漬けた肉を一噛み、二噛み。甘みが口の中にフワッと広がります。ローストの方は、あっさりとした味わい。どちらも柔らかく、全く臭みが感じられません。

「これが新鮮なジビエの味なのか〜」とかみしめつつ顔を上げると、にこにこ顔のお二人。「おいしいでしょう」と言っているのが、表情から伝わってきました。

「筋膜が残っていると固くなるので、それをきれいにトリミングする処理を手作業でしています。鹿の獣害も深刻ですが、駆除目的だけではなくて、おいしく食べるための猟を心がけています。鹿にとっても、痛みをあまり感じないうちに一発で仕留めた方が負担も少ないし、肉質もその方がずっといいんです。」

大切な命をいただくからこそ、鹿に対しても、食べる人に対しても、誠心誠意に向き合うこだわりが感じられました。

そして何より、おいしさのヒミツは、スピード感なのだとか。新鮮な鹿肉を食材として届けるために、止め刺し以降の処理は自らが行い、生体を確認した後、迅速に処理加工施設へ搬入、「ひょうごシカ肉活用ガイドライン」に則り、食肉加工処理を行っているそう。これは非効率なやり方ですが、安心安全な食肉を提供するためのこだわりだと話します。

「僕たちは単に猟をするだけではなく、食肉としておいしく食べてもらうためのコツを知っています。だから、『ジビエ猟師です』と言った方がいいですかね」

お二人のはにかむ笑顔には、ふっと気持ちが緩みます。安田夫婦が丹精込めたジビエなら、一度、二度、と何度も食べたくなる、そんな魅力が溢れていました。

地元に愛され続けてきた、歴史ある酒づくり
続いて、老舗の酒造2軒を訪れました。酒蔵が連なる宍粟市の山崎町は、揖保川の流域にあって水がおいしい地域。それは、お酒の味に如実に表れていました。

1軒目は、創業から250年余りの老舗・老松酒造です。案内してくださったのは、11代目の前野正晶さんの妻・久美子さん。会って早々に「あなたはどういう飲み方が好き?私は熱燗が好き。だから熱燗に合う『寿恵広 老松』がお気に入りなの。」「私がここにどうして嫁いだか?それはね、日本酒が好きだからよ。」と、軽快なトークでまあるい笑顔を見せるおかみさん。日本酒に対する愛情がビシバシと伝わってきます。

おかみさんの好きな「寿恵広 老松」は、昔から地域の人に日常使いのお酒として親しまれているもの。いくつか試飲させてもらいましたが、「古酒 善次郎」は口の中にさわやかな風味が広がり、白ワインのような舌触り。かつコクがあるので少量でも満たされた気分にさせてくれます。

中でも気に入ったのは、新酒の純米生原酒の「沙月」。のどごしがいい。そして、酸がじんわりと余韻を誘います。食中酒にしたら、ぐいぐい飲んでしまいそう。酒飲みに人気なのは、兵庫県産山田錦を使用した寿恵広老松の「純米吟醸酒」だそうです。

すべてに共通して感じたのは、そのまろやかさ。軟水の伏流水の甘みに舌が喜びます。お酒そのものも味わい深いですが、何より、それぞれのお酒の美味しさを紹介してくれるおかみさんの表情が実に嬉しそうで、ほろ酔い気分とあいまって、心がホクホクしてきました。

古くから地域に親しまれている、この酒蔵には、地元の小学生たちも見学に来るそう。なお、今年の酒蔵見学ツアーは2月9日以降に始まるそうなので、要チェックですよ!(※要事前予約)

2軒目は、はす向かいにある山陽盃酒造。こちらも江戸時代から続く老舗酒蔵です。7代目の壺阪雄一さんが、仕込みで手一杯の中、合間を縫ってお話を聞かせてくださいました。

実は、山陽盃酒造は昨年の2018年11月8日に火事に見舞われ、蔵の面積の約半分が焼失。幸い、蔵の心臓部である製造設備のある場所は、守られました。

「生かしていただけました。自分は信心深いわけではありませんが、神様が守ってくれたのかなと思います」

被災後すぐに、ご近所さんや同業者、得意先の方々が、ボランティアで焼けた蔵の掃除に駆けつけてくれたそう。その甲斐あって、火事の2日後にはお酒を絞り、4日後には米を洗いはじめて、酒造りを再開。

「全国の皆さんから4000~5000件のメールや電話をいただきました。共通して言っていただけたのは、『飲ませてください』『がんばって作ってください』というエール。その気持ちに応えるには、酒を作って元気にがんばっている姿を見せていくしかないです」と力強く語る壺阪さん。

手作りの酒ブランド「播州一献」は、火災後に搾ったものが新酒として、販売し始めています。

ブランドではなく味で勝負する、地域密着のお肉屋さん
最後は、こだわりの宍粟牛が絶品の柴原精肉店へ。絶品の黒毛和牛が手頃な価格で食べられるという、頼もしいまちのお肉屋さん。お会いしたのは、三代目の柴原彩貴さん。

お話を聞こうとしたタイミングで、「ただいま~」と息子のゆうしん君が小学校から帰ってきました。そして、創始者である祖父の巳代志さんも。家族経営ならではの和やかな風景に、心がほっこりしました。

昭和36年に創立された、このお店のすごいところは、地元に牧場を持ち、牛の繁殖から畜産、解体、加工、販売までを一貫して行っていること。地産地消で、鮮度は抜群。こだわりの一つは、産地限定であることです。

「牧場は、宍粟市波賀町の一カ所のみに絞って育てています。同じ品種でも産地で味が変わります。特別なことは何もしていないですが、比べてみると、ここで育てた牛が一番おいしかったですね。はっきりした理由は分かりませんが、高地の気候や山奥の水の清らかさなど、宍粟市のもつ風土が影響しているのではないかと思っています」

「神戸牛や但馬牛のように商標登録をとってブランド化はしていませんが、味には自信があります」と断言。

何よりも、地元の人においしく食べてほしいという思いから、手頃な価格設定を守っているとか。産地を一カ所に限定している分、育てている牛の数も限られているため、外での販売は極力控えているそう。とはいえ、最近では、ふるさと納税への出品がきっかけで宍粟牛が全国の消費者にも知れわたり、今では北海道や東京からも注文が入っています。

「ブランドじゃなく、味で勝負」と、きっぱりと言い切る彩貴さん。その自信たっぷりのありようが、宍粟という土地の誇りを、自らが体現しているように見えました。宍粟牛を買うためだけに宍粟市まで来てみても、きっと後悔はないような気がします。

自然の深さが、人や食の豊かさに比例するまち
旅の終着点は、揖保川にかかる通称「名畑の流れ橋」(宍粟市一宮須行名)へ。丸一日、宍粟市をまわって、ずっと山と川の風景に浸っていたのですが、同じ自然でも他の地域とは何かが違うように感じていました。山と川のコントラストは、よくある風景なはずなのに、なんだろうと…。改めて、360度周囲をぐるっと見渡して、はっと気が付きました。「谷」の存在に。

宍粟市で過ごした一日。私は山を見ていたつもりだったけれど、実際に感じていたのは、むしろ谷の深みでした。山が迫ってくるような風景の中に佇んでいると、まるで穴の中にいるような気分になっていたのです。「宍粟市の自然はもっと深いですよ」と、一日アテンドくださった宍粟市役所の竹内さんと戸澤さんは、最後に口を揃えてそう話します。

宍粟市の9割以上は森林。数字だけ見ても、あまり実感はなかったのですが、旅の終わりに、ようやく腑に落ちました。

宍粟市では、その自然を生かした森林セラピーの活動も注目を集めています。夏はキャンプ、冬はスキーとアウトドア好きにはうってつけ。自然の奥深さを感じさせてくれる宍粟市は、地酒のようにまろやかに、自然と食と人が溶け合う、そんなまちだなと感じた旅でした。

(文:桝郷春美 写真:MIKIKO)

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